Jun 15, 2009
会社設立の手続きについて。
2006年3月から施行された新しい会社法は、"会社設立"のための障壁が低くなったといいます。 "株式会社設立"のための最低資本金が撤廃されることがその大きな理由です。 "株式会社設立"のための手順として、"会社設立事項の決定"、"定款の作成認証"、"役員の選任"、"登記申請書"など、いくつかの過程を経る必要があるが一つ一つのプロセスは決して難しいものではないので、企業している場合は、会社設立手続きを直接行ってみるのも一つの方法ではないでしょうか。企業して気になることが事業の資金である。事業資金を調達しようとしているクレジットカードのキャッシング枠を使用するか、偶然にFAXしてきたパンフレットを先に電話をかけたりするのはやめた方が良い。そのような形で借りた資金は、後々ボディブローのように効果てきても資金繰りに忙しくするのである。
06年トリノ、10年バンクーバー冬季五輪のカーリング日本代表、本橋麻里さん(24)が出身地の北海道北見市常呂町で新チームを結成し、14年のソチ五輪に向けて始動した。国内発祥の地といわれ、これまで五輪代表選手のほとんどを輩出しながら、地元の支援が追いつかず、他県への流出を招いていた道内のカーリング。本橋さんは「北海道でカーリングができる環境を整え、盛り上げていきたい」と意欲を燃やす。【聞き手・今井美津子、写真・田中裕之】
−−昨年8月にチーム青森から脱退し、新チーム「ロコ・ソラーレ」でスタートを切りました。
チーム青森でこのまま4年やって五輪に出たとしても、その先が見えませんでした。伸び悩んでいることは自分でも分かっていたので、来るものを待つのではなく、自分から進んでいかないといけないと。より厳しく、自分を純粋に見られる環境の方が、選手としても人としても成長できると思いました。
−−バンクーバーは1次リーグで敗退。目標の4強入りを果たせませんでした。
初戦の米国戦は全員で戦っている感じでしたが、その後は調子の良い選手と悪い選手に別れてしまい、チームがバラバラになってしまった試合もありました。カーリングに必要なチーム力が足りませんでした。
五輪後、次にどうするか選択できるのは4年に1度のこの時しかありません。トリノの後は「もう一度」という周囲の声に流されてしまいましたが、失敗しても、いろんな経験にはなると思います。後から考えると「思い切ったな」とは思いますが、意外にも自然に決めることができました。
−−チームの拠点を常呂町に置くことにこだわったのはどうしてですか。
自分が地元でもプレーできることを証明したいという思いがありました。現在は選手を続けながら結婚や進学したいと思った時、道内では限界があります。日本代表の選手も結婚したり、代表を降りたりするとカーリングができなくなるのが現状です。カーリングは、五輪の時に盛り上がっても結局そこまで。選手が地元で就職や進学し、競技を続けていくきっかけを作っていけたら、と思っています。
−−苦労も多いのでは。
これまでは自分のことだけでしたが、今はチーム状況や競技環境も考えています。毎日、こんなにもカーリングのことで悩むのは久々ですね。でも、かつては出場できなかった国内の小さな大会にも出られるようになり、カーリングが好きな人が多いことを知りました。活動費集めや練習状況などの苦労話も聞き、日本代表としてカーリングを広めているつもりでも、実は何も知らなかったなと。根強く地元で頑張っている人のおかげで徐々にカーリングが広がっていて、五輪に出た私たちの力だけではないなと実感しました。
−−「チーム青森」のチームメートだった小笠原(旧姓・小野寺)歩、船山(同・林)弓枝両選手が現役復帰。札幌国際大のカーリングチームも活躍し、道内のカーリングも盛り上がりを見せています。
来年にはカーリングの専用施設が札幌にでき、やっと道内でも認知されるようになってきたと思います。ですが、まだまだ根付いているとは言えません。より地域に愛される競技になるよう互いに磨き合い、全日本の大会で道勢が表彰台を占められるようにしていきたいと思います。
−−再び世界の舞台に立ちたいという思いも強いのでは。
今すぐにという気持ちもありますが、もうちょっと準備したいという気持ちもあります。海外のベテラン選手は、カーリングだけで強くなっているのではなく、ショット選択にも人生経験などがいかされているのだと思います。24歳の今だからこそできる交流や学びをしたいと思っています。
−−昨年12月の日本ジュニア選手権では地元チームの初のコーチに就任し、チームは準優勝しました。
周囲には予選突破できれば良いと言われていた中での準優勝。メダルは選手が頑張った証拠だと、改めて価値が分かりましたし、指導者として結果を出す難しさも感じました。代表の時は「勝って当たり前」でしたが、久しぶりにカーリングで感動しました。
−−ソチ五輪でのメダルも期待されています。目標は。
新チーム一人ひとりの個性を発揮できるチームにしていき、今年は日本選手権で2位以内に入ることが目標です。代表も考えてはいますが、先を見るとあせりの方が大きくなってしまいます。まずはしっかり人として成長した選手になりたいですね。=つづく
■人物略歴
◇もとはし・まり
北海道北見市旧常呂町出身。12歳でカーリングを始め、常呂中3年時に世界ジュニアカーリング大会に出場。常呂高卒業後、05年にチーム青森に加入。「マリリン」の愛称で五輪ではともにセカンドを務め、トリノで7位入賞。バンクーバーは通算3勝6敗で8位。日本体育大3年に在籍し、コーチングなどを学ぶ
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