Dec 13, 2008

困ったときはデータ復旧サービス

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【著者に聞きたい】

 「私にとってのアンネ・フランクは、強くてかしこいお姉さん。あこがれでした」

 かつて「アンネの日記」が大好きだった著者は、帰省した実家で、古びた父の日記を見つけた。勤労動員されていた16歳の少年の筆跡。『又一日命が延びた』。よく知っているはずの自分の父の、知らなかった顔だった。読むうちに、15歳で亡くなったユダヤ人の少女と、80歳の誕生日を迎えた父が、同じ年生まれだと気づく。日記という、その時その場でしか書き得ない言葉の重みに導かれて、アンネの足取りをたどる旅に出る。自分でも日記を記しながら。

 ドイツのベルゲン・ベルゼン強制収容所、ポーランドのアウシュビッツ、日記が書かれたオランダの隠れ家…。時間をさかのぼる旅は、「選択肢」を意識させたという。あったかもしれなかった未来。奪われていく自由。「いまの自分を考えたとき、日々の小さな選択も、人生に大きくかかわってくるんだなって」

 旅の食事を楽しみ、切符の買い方に悩み、旅行者と雑談し、途方に暮れたり、ほっとしたり…。そんな生活の断片と、教科書に太字で記されるような歴史的出来事は、かけ離れているようでいて、どこかでつながっている。

 「アンネのお墓のそばにあるドイツのツェレの町はとてもきれいな場所で、ここに生きていた人たちは大虐殺をどうして平気で見過ごしたんだろうって憤りを覚えたりして…だけど、私たちもいま起きていることを、パレスチナ問題や原発事故のことを、あとで『どうして?』って問われるんですよね」

 漫画家でもあるが、今回は「日記」という表現方法をとった。雨でにじんだ挿絵も、描き直したりはしなかった。その時、その場で起きたことだから。3人分の日記をコラージュして構成された、17日間の旅行記。大きすぎる歴史と対峙(たいじ)する、小さいけれど大切なつぶやき。いつの間にかアンネよりお姉さんになっていた彼女はいう。

 「過去と現在、遠い場所と近い場所、あなたとわたし、離れたものがつながる、不思議な瞬間を書きとめたい」(リトルモア・1680円)

 篠原知存

                   ◇

【プロフィル】小林エリカ

 こばやし・えりか 昭和53年生まれ。作家にして漫画家。著書に『空爆の日に会いましょう』など。父は昨年死去した作家の小林司氏。

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 女優、天海祐希(43)が25日、東京・新宿バルト9で行われた映画「薔薇とサムライ」の初日舞台あいさつに共演俳優、古田新太(45)と出席。昨年上演された劇団☆新感線の舞台を劇場公開する企画。03年以来、7年ぶり2度目の同劇団作品出演で、「体力がなくなる前にまた出してほしい」とラブコール。

【写真で見る】天海祐希といえばやっぱり「BOSS」!


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 名刑事死す−。1970年代に日本でも放送され、大ヒットした米人気テレビシリーズ「刑事コロンボ」の主演俳優、ピーター・フォークさんが現地時間23日(日本時間24日)、ロサンゼルス郊外の自宅で死去した。83歳だった。家族の代理人が24日(同25日)に明らかにした。死因は不明だが、2008年ごろからアルツハイマー病で闘病していた。

 「ウチのかみさんがね…」の名セリフで人気を博し、世界中の推理ドラマファンを魅了したコロンボ刑事が天国へ旅だった。家族の代理人によると、フォークさんは23日夜、ビバリーヒルズの自宅で、家族に見守られながら安らかにこの世を去ったという。

 フォークさんは1950年代にブロードウェーの舞台で注目され、58年に映画デビュー。60年の「殺人会社」と翌61年の「ポケット一杯の幸福」では、アカデミー助演男優賞に2年連続でノミネートされ、演技派俳優の地位を確立した。

 世界的にブレークしたのは、68年から2003年まで断続的に続いたドラマ「刑事コロンボ」。ぼさぼさ頭でよれよれのコート、安物の葉巻がトレードマークのロス市警殺人課の刑事役として全69話に主演。とぼけた表情の裏で、犯人たちを鋭い推理で追いつめる展開が人気を集め、生涯の当たり役に。テレビ界の最高賞であるエミー賞主演男優賞を4度受賞した。

 同番組は日本やフランス、イランなど米国以外でも26カ国で放送され、高視聴率を獲得。70年代からNHK、日本テレビで放送された日本語版では、俳優の故小池朝雄さん(享年54)らが吹き替えを担当し、「ウチのかみさんがね…」「あと一つだけ」などの流行語が生まれ、大ヒットした。昭和天皇もコロンボのファンで、75年に訪米された際は、実現こそしなかったがフォークさんが昼食会に招待されたこともあった。

 その後も精力的に俳優業に取り組んでいたが、晩年アルツハイマーを発病。娘のキャサリンさんが08年12月に、アルツハイマー病でフォークさんが容易に財産をだまし取られかねないとして、裁判所に財産管理保護申立書を提出したことで、病気が明らかになった。

 フォークさんの死去を受けて、キャサリンさんは「父のアルツハイマーはかなり悪化していました」とコメント。08年当時、担当医も「自分がコロンボだったことさえも覚えていないことが非常に残念」と語っていた。

 犯人の自宅を出る際、「もう一つだけ」と振り返る姿が印象的だったフォークさん。あの笑顔はもう見られない。

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