Nov 04, 2010

専門の転職サイトでも看護師求人

現在は、高齢化に伴い、病院では手術の数が増加しています。入院患者の場合は、看護師が必ず看護師が一人付きますので、病院の多くでは、看護師不足が起きています。看護師を確保しようとする看護師求人サイトも増えてきています。看護師の転職にインセンティブをつけて、なんとか看護師に病院に来てもらう努力をしている所が多いです。今後も看護師求人は激化していくと思います。
私も知人に聞いたのですが、最近の医師求人が増えてきているといえます。何なのかは詳しく分からないが、おそらく東日本大震災かなりの医師が死亡し、医師の人材が不足しているため、医師の採用が増えているようです。医師だけでなく、いろんなところに人材が不足しているようです。世の中色々大変です。
 宮城県の村井嘉浩知事は3日、東日本大震災の被災地視察のため同県を訪れている鈴木克昌総務副大臣と県庁内で会談し、被災自治体を支援する「災害復興交付金」(仮称)を創設し、災害復旧対策事業を全額国庫一括交付金化するよう要望した。
 村井知事は「従来の各省庁の補助金のしばりをなくし、柔軟に金が使えるようにしてほしい」と要望。地方交付税については「あまりにも震災被害が甚大」なため、地方負担分も原則ゼロとして、当年度中に国費で全額交付するよう求めた。
 また、応急措置として国の交付決定を待たずに支出した経費に関しても、事後的に国庫支出金の交付を可能にするなど、財源面での国の支援を要望した。
 鈴木副大臣は会談終了後、災害事業の一括交付金化について、「自由に有効に素早く使ってもらうことが重要。特別交付税の手もあるが、早く使い勝手のいいものにすることがポイントだ」と検討する意向を示した。 

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 東日本大震災の津波で壊滅的被害を受けた宮城県南三陸町で3日、家が全半壊するなどして避難所生活をしている住民の町外への一時集団避難が始まった。町内外の8カ所の避難所の計501人が同町総合体育館からバス22台や自家用車に乗り込み、受け入れ先となる県内4市町に出発。残った町民や家族らが「頑張って」などと声を掛け、手を振り見送った。6日までに計1058人が町を離れる予定。
 避難所の町立志津川小学校に身を寄せていた千葉まつ子さん(79)は、子や孫らと共に新たな避難先となる同県栗原市の温泉施設へ向かった。行き先は希望通りだが、「本当は町を離れたくない。泣く泣く出てきた」と目に涙を浮かべた。
 佐藤良治さん(73)は、息子家族を総合体育館に残して町を出ることにした。2人の孫が町内や隣の気仙沼市の高校に通うためで「家族と一緒にいたいがやむを得ない」という。別れを惜しむ孫には「くよくよするな」と励ました。
 出発前には佐藤仁町長がバス一台一台に乗り込み、「一日も早く仮設住宅を造って皆さんをお迎えしたい。しばらく我慢していただきたい」と要請した。 

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 片山善博総務相は3日、東日本大震災の被災地が広域にわたり、各県による義援金の配分調整が難しいため、県ごとの配分の基準を政府が早急に示す方針を明らかにした。また、政府・与党内で震災の復興財源として新税を創設する案が出ていることについて、「増税は経済全体に負の影響がある」と述べ、慎重に検討すべきだとの認識を示した。都内で記者団に語った。
 被災者への義援金は、日本赤十字社に約980億円(2日現在)、中央共同募金会に約174億円(3月31日現在)が寄せられている。
 政府は、被災者の当座の生活資金への配分を急ぐ必要があると判断。厚生労働省を中心に各県に対する配分の基準づくりを進める。死者・行方不明者や避難者の数などを基に当面の配分基準を設ける方針だ。 

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 半年前まで東北総局(仙台市)にいた。新聞記者になって最初に赴任した宮城県は、陳腐な表現だが“第二の故郷”と思っている。だから東日本大震災はショックだ。発生直後、当時取材でお世話になった方々や友人に電話をしたが、全員不通。メールを送ると、翌日になって「死ぬかと思った」「停電が続きラジオだけが頼りだ」などと返ってきて、少しほっとした。思い出深い街並みの、変わり果てた映像は直視できないものだったが、兵庫県のボランティア先遣隊に同行し、発生8日後の19日に宮城県入りした。

 石巻市に足を踏み入れると、見慣れた街並みは跡形もなかった。取材で何度も訪れたJR石巻駅前の商店街は、いくつもの漁船が路上に倒れ、商店街の1階店舗は軒並み泥まみれ。住宅街は津波にのみ込まれ、がれきの山となっていた。漂うほこりにむせた。

 津波にさらわれた孫を捜す男性や、自宅の跡地周辺で、身元不明の遺体を見つけた男性と出会った。路上に落ちていたスナップ写真には、幸せそうな家族が写っていたが、ただ立ちつくすことしかできなかった。

 駅前の商店街でCD販売店を経営する小幡恵子さん(58)の言葉が忘れられない。損壊を免れた住宅部分で生活していた。一斗缶で暖を取る小幡さんは、沸かした鍋のお湯を見ながら、まくし立てた。

 「ここは地獄。在宅避難民には、食料が届かない。津波から助かっても、寒さと飢えで死んでしまう。そういうことを、あんたたちが報道してくれないと。来るのが遅い」

 ぶっきらぼうだが、真剣な言葉が胸に突き刺さった。あまりの光景で失いかけていた記者の本分を取り戻すことができた気もした。「必ず記事にしますから」。小幡さんはようやく、目を合わせてくれた。(神戸総局 吉原知也)

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