Jun 16, 2010

家庭教師の役割と学生の実績について

学生の実績は、資質問わずてしまうのが家庭教師の世界のものです。楽ではないと私は思っています。家庭教師との出会いも非常に重要になってくるわけです。出会いを大切にして、これらが保存してくる。自宅での生活も大きく関わってくるわけです。ぜひ注目してみるといいでしょう。
私は大学生時代の4年間、塾講師のアルバイトをしてきました。大学教授の紹介で、そこには、個人経営している小規模の小さな塾でした。塾长の所有者が一人と私を含めて講師陣が3人という非常に快適な環境でした。私は従って、"勉強を教える"という教育のもとを学びました。そこで出会った学生たちは、そして、塾长と塾講師の2人とは今も切っても離せない関係です。
 高浜原発から南西約12キロの舞鶴署の東庁舎(舞鶴市浜)で26日、原発事故で庁舎周辺が警戒区域に指定されたと想定した留置被疑者の移送訓練が行われた。
 被疑者役の署員3人を護送車に乗せ、原発20キロ圏外の警察署(仮想)に避難。圏外に出たところで、防護服姿の署員が待ち構え、車両に放射性物質が付着していないかの検査を行う訓練をした。
 災害時、署員は庁舎が使えなくなる中で、住民の避難誘導や救出も求められる。金子一寛署長は「マニュアルはなく、手探りでの訓練。さらに災害対処能力を向上させたい」と話していた。【岡崎英遠】

8月27日朝刊

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 水俣病1次訴訟の原告患者で水俣市の坂本フジエさん(86)を講師に招いた「水俣病を伝えるセミナー」(熊本学園大など主催)が25日、水俣市公民館であった。坂本さんは今も差別を恐れて水俣病を隠す被害者がいる一方、なお認定や救済を求めて手を挙げる患者がいることを挙げ「水俣病の闘いに終わりはない」と訴えた。
 坂本さんは水俣市で生まれ、チッソ付属病院に看護師として勤めた。水俣病公式確認の2年後の58年に長女を水俣病で亡くした。29世帯112人がチッソに賠償を求めた1次訴訟に胎児性患者の次女しのぶさん(55)らと加わり、73年に熊本地裁で勝訴した。
 坂本さんは講演の中で、判決後のチッソ本社との交渉で「亡くなった長女への補償は返すから、生き返らせてください」と当時の役員に怒りをぶつけたことを振り返った。また、患者の根強い反対を押し切ってチッソが今春分社化したことを「チッソは今も自分たちが加害者だと分かっているのか」と批判した。【西貴晴】

8月27日朝刊

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 福島第1原発事故で福島県から水戸市に避難している中学3年、遠藤愛実(まなみ)さん(15)はこの夏、かけがいのない日々を送った。悲しく、不安だった避難から3カ月余、出会った人、出来事、初めて気づいた家族への思い…。ひと夏を越え、少女は、前を向いて歩くきっかけをつかんでいる。(三保谷浩輝)

 原発から40キロ圏の福島県いわき市の自宅に残る建設会社経営の父(61)、看護師の母(46)と離れ、水戸市に避難したのは5月初旬。中学2年の弟(14)と智学館中等教育学校(同市小吹町)に転校し、寮生活を始めた。

 福島からの避難者は「放射能が移る」などと心ない偏見を持たれると聞き、「私もいじめられるのかな」と思っていたが、級友や職員、ルームメートらから温かく迎えられた。

 その経験から、「多くの人に支えられて今の私があります」「『平和な社会』を築きあげるためには、個人1人1人の優しさが大切だと思います」などとつづった作文が7月、水戸市主催の「わたしたちの平和」作文コンクールで最優秀賞を受賞した。

 他の受賞者とともに「水戸市平和大使」として広島を訪れ、今月6日の平和記念式典に参列。資料館で被爆による病気のことなどを知り、放射能の健康被害に不安になるが、「原発は原爆より身近。だからこそ、原発のことをちゃんと見ないといけない」とも思う。

 式典では「外国人やギャルママみたいな若い人も参加して、追悼の思いがすごく感じられた。過去の悲しい出来事を忘れず、平和はどれくらい大切なのかを自分で考えることが必要」と心に刻んだ。

 帰省後、両親には「原爆を落とされた後の写真と今の広島を見て、津波で何もなくなった東北(沿岸部)も大変だけど、みんなで力を合わせれば大丈夫だよ」と復興への希望も伝えた。

 祖父母らの墓が原発事故での避難区域や津波被災地にあり、お盆の墓参をきちんとできなかった。水戸市で16日に行われた備前堀灯籠(とうろう)流しでは「祖先をはじめ、東日本大震災で亡くなった方への思いも込めました」。

 親と離ればなれの県外避難。「ずっと福島にいたかった」と原発を恨んだ。だが、「水戸に来て平和のことを考えるようになったり、人の温かみや気遣いを感じたり。私のことを考えてくれた両親の思いを無駄にしたくない。自覚はないけど、何かある度に親に『ありがとう』って言っているみたいなんです」とはにかんだ。

 将来についても、以前からの養護教諭に加え、新たな志望の芽を見つけた。

 「平和のことをもっと勉強して、発信していけるような仕事もいいな」

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